北野さきさんの成功

2020.09.28

皆さん、こんにちは。

 

さて、前回は、ビートたけしと明石家さんまについて

書きました。

たけしが如何に勉強家であるか、それがどのように

彼の仕事に生きているかを述べたつもりです。

 

そのルーツは、彼の母である、北野さきさんにあるのです。

 

さきさんの口癖は「勉強しな。じゃないと、父ちゃんみたいになるよ。」

だったそうです。

たけしの父親は、いわゆる「塗装職人」(たけし自身の言葉を借りると

「ペンキ屋」)でした。

職人だから、雨の日は仕事が無い。で、昼間から酒を飲んでる。

家庭は、大変貧しかったそうです。

 

そんな中、母親のさきさんは、幾つもの仕事を掛け持ちして

家計を支え、子どもたちに勉強させていたそうです。

夜になると、電気が点かない時があるので

電信柱に机を持って行って、その下で勉強をさせたそうです。

 

「勉強したって、意味は無い」ではなく、

「勉強しろ。じゃないと、父ちゃんみたいになる。」だったのです。

貧しい生活から抜け出す為に、「勉強」を選択したわけです。

 

その結果、長男は会社経営者に、次男は大学教授に

そして三男は「世界の北野」になったのです。

 

確かに、たけしが、大学を卒業間際に辞めて

浅草のストリップ劇場に入ったときは、腰を抜かしたでしょう。

たけしのおばあさんが、義太夫のお師匠さんだったそうなので、

「ばあちゃんの血が出た」と言われたそうです。

 

浅草時代も悪い事をたくさんしたそうですが、

勤勉さは変わらなかったはずです。

「芸人になってからが、一番勉強した」と

あるTV番組で言っていました。

 

北野さきさんは、子どものために

どんなきつい肉体労働もやったそうです。

そうやって、生活費を稼ぎ、子どもの本代を捻出したそうです。

 

「金が足りないなら、稼げばいい。

無いことを言い訳にしない。」

 

こういうご家庭の生徒さんは

「点を取れる子」になっていくのです。

 

北野さきさんの成功が

それを証拠立てています。

 


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