評論文の読み方

2016.10.30

服部教室の金沢です。

国語力とは、論理的思考力である。文章の読解には、複眼的な多角的な見地や視点が必要で、正直、記事で語りきれるものではございません。しかしながら、今回、その一端について書きたいと思います。

読み方を知るためには、まず書かれ方について考える必要があります。評論文に書かれていることを、シンプルに次の三つの要素に分類しましょう。「主張」「根拠」「具体例」の三つです。国語講師がよく使う、難しい言葉で煙に巻こうというのでは決してございません。

実は、本当にかんたんな話なのです。

「お母さん、ちょっと静かにして」

「今、となりの部屋で勉強してるから」

「たとえば、テレビのボリュームを下げて」

こういう話です。主張=言いたいことがまずあって、受けてを納得させるための理由を添える。また、伝わりやすくなるように具体的な話に置き換える。基本的には、評論文は、こういう手法で書かれています。

と、いうことは、この中で、その文章を読んだ、と言えるために不可欠な要素はどれか、もちろん「主張」の部分ですね。

テレビにもよく出ています、「声に出して読みたい日本語」で有名な斎藤教授も、三色ボールペンで読むことを提起していらっしゃいました。赤=不可欠な主張の部分 青=そのサポートセンテンス 緑=客観的には大事な部分とは言えないけど読者個人として面白いと感じた部分、というふうにカチカチ切り替えて線をひきながら読もう、という手法です。

実際、やってみると、赤は量的には少なくなります。しかし、それで正解。文章を読むのが苦手という人は、”書かれてあることすべてが赤”と思い込んで読んでいることも多いです。逆に得意な人は、ほとんどの場合、自然と、この三要素の分類ができてしまっている人も多いのです。分類ができているのですから、設問にもこたえやすいですね。問われている内容から、文章のどのへんに答えがありそうか、見当をつけることができますから。みなさんのまわりにも、とくになにか勉強しているわけでもなさそうなのに、国語はできてしまう人、いると思います。しかし、たいてい、その人に「どうやったら、そんなにできるの?」と聞いても、返ってくる答えは…「文章に書いてるやん/読んだらわかるやん」となるわけです。その、できてしまう人の頭の中では文章を読みながら、この三要素の分類ができあがってしまっているのです。だから、苦手な人は、まず、この三要素を意識して、欠かせない主張の部分はどこか、まずそれを見つけるつもりで読む、というのも読解力向上の一手を担うことになるのです。SPIの対策本なんかには、最後の段落から読め、としているものもあります。これは、主張の部分を見つけて、まずそこから頭に入れて、その下に理由や具体例を添えてピラミッド構造を作れ、という話なのです。

文章を構造的に整理しながら読みなさい、段落と段落の関係を抑えなさい、キーセンテンスとサポートセンテンスに振り分けなさい、国語の講師がよく使う常套句ですが、まずそもそも、評論文には主張・根拠・具体例が書かれているということを知らないと、正直、何言ってるかわからないんですよね、こういうの。

文章をよむときに意識することとして、まず、この三要素の存在をしることから始めましょう。そして、その分類をしてみましょう。とはいえ、その分類は絶対、独りよがりになっては当然いけません。だから、指導者、講師の存在が国語科にこそ必要不可欠なのです。読解問題に正解するというのは筆者の主張を理解していることであって、読者の感想などそこに微塵も入り込んではいけないのですから。客観的な正しい読み方は必ず存在するのです。国語の答なんてひとそれぞれじゃん、なんていうふざけた風潮が世の中には散見されますが、とんでもない! 趣味娯楽としての読書と読解力の試験というのは全く別次元の話です。日本語だから、読書をしていれば、いつか勝手にできるようになる、だなんて大嘘です。文章には正しい読み方があるのだ、ということを知ること。まずは、ここから始めましょう。

拙文読んでいただきありがとうございました。


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